
プロダクションノート 第1回 DRTCPW40S/H

ダーマポイント主要製品の取扱説明書には巻末に製品に関するプロダクションノートが掲載されています。お使いいただく製品をより愛着を持っていただくため開発チームの製品に対するこだわりや方向性など、いわば開発チームからユーザーへのラブレターとも言えるものです。本来、ラブレターといえば公開などもってのほかとも思いますが発売から2年を経過したものもあることから一般公開を行うことになりました。
さて第一回はダーマポイント初のマウスパッドであるDRTCPW40S/Hに掲載されていたプロダクションノートです。後のクロスタイプに繋がる記述や試行錯誤のあとが伺えます。
さて第一回はダーマポイント初のマウスパッドであるDRTCPW40S/Hに掲載されていたプロダクションノートです。後のクロスタイプに繋がる記述や試行錯誤のあとが伺えます。
●検証=人海戦術
マウスパッド、という製品は、単純で廉価な本体の構造・材質とは裏腹に、検証に大変なマンパワーを必要とする。
それは、光学・レーザーマウスだけに限っても、光源の出力や波長が千差万別で、しかもその反射光を読み取るセンサーの解像度も製品により大きく異なるため、どれか一つの製品でOKが出ても、他の思いもよらないような製品でNGが出ることが多々あるため、その製品化に当たっては極力多くの種類のマウスでその動作をチェックする必要があるからだ。
幸い、光学的な非接触マウスが全盛の昨今では、あの懐かしいボールとロータリーエンコーダを用いるタイプのマウスを考慮しなくても良くなったため、表面の特性については相矛盾する条件を両立させる必要性がほぼ無くなった 。注釈1
だが、光学系マウスの製品数増大は、多種多様な特性を備えた光学センサーの増大とほぼ等価であり、マウスマットの反射率や表面の構造に起因する、いわゆる相性問題の発生率は過去と比較して等比級数的に増大しているのが原状である。
光学・レーザーマウスの座標取得メカニズムについては、DRTCM01取扱説明書掲載のプロダクションノート#001で既に記した通りで、端的に言ってしまえば一定周期でセンサーが床面の画像を撮影し、マウス内蔵マイコンが前後の画像間の相違から、間違い探しのようにX-Y軸方向の位置移動を検出する、というものである。
つまり、マウスが撮影する床面は、例えば極端に平滑で、撮影された画像に「間違い探し」によって座標特定を行う上で手がかりとなる特徴的なパターンが得られないようなものであっては困るのだが、「ほどほど」に表面の荒れた材料を使用してマウスパッドを作成したつもりであっても、その粗さが撮影するセンサーで判別できないほど小さかったり、あるいはその逆に大きすぎたりすると、それだけでそのマウスパッドはそのマウスには不適合ということになる。
だが、こうした実測結果の累積によって、現在ではマウスの機種ごとに搭載されているセンサーの解像度などの物理的・電気的な仕様から、ある程度まではマウスパッドへの適応状況が類推可能となってきている。
それでも例えばワイヤレスマウスと有線接続のUSBマウスでは、同時期に同型センサー・コントローラを搭載して設計していても、電池駆動となるワイヤレスマウスでは電源が有線タイプの5Vに対して1.5~3V程度となることや、消費電力の低減が最優先課題とされることなどもあって、光源となるレーザーダイオードやLEDの出力・波長の相違などから、同じマウスパッドに対して全く異なる結果が出てしまうことが往々にしてある注釈2 。このため、マウスパッドとマウスの組み合わせ検証については最終的には「実際にマウスと組み合わせて試してみないことには判らない」というのが実情である。
●マウスのセンサー解像度の挙動の相違の相関関係
さて、ここまでで勘の良い読者諸氏にはお気づきかと思うが、同じマウスであっても、ハードウェア的に解像度を切り替え可能なタイプの場合、設定された解像度によっては同じマウスパッドで得られる挙動が全く異なることも当然に起こりうる。
たとえば、解像度が1/2に設定された場合を考えてみよう。ただしこれは、かなり単純化した話であることを前提に聞いていただきたい。

センサーは図1のように格子状に画像を区切ってモノクロ2値で情報を識別するものとする。
そこで、基本解像度では4×4のマトリクス状に配されたセンサー素子それぞれで認識した結果をそのまま出力し、解像度1/2の場合には便宜上2×2のマトリクスで得られる情報を演算処理して、その結果を1つ分の大きなセンサー素子情報として取り扱うものとしよう。
※演算処理は、最も単純に各画素の内2つ以上が黒の場合に黒(1)として結果を出力し黒い画素の数が0と1の時に白(0)として出力することとする。

まず、元の解像度の状態で図2のように認識される床面があるとする。

これを解像度1/2の状態で認識させると、図3のようになり、元の解像度の時には存在しない画素が切り上げで存在するものとして扱われ、存在するはずの画素が切り捨てられる、という現象が発生することになる。
ここで挙げた例はあくまでセンサーの画像処理を最も単純な方法で行っていると仮定した場合のものであり、実際のセンサーではより複雑かつ高度なアルゴリズムで、より多くのセンサー素子を使用したセンシング結果の判定を行っている。だが、規模の大小などは別にしても、基本的にはこうした得られた画素情報の切り上げ・切り捨て処理がセンサー解像度の切り替えによって行われていることは確かである。つまり、センサー解像度のハードウェアレベルでの切り替えがもたらすのは、マウスパッドの上でのマウス本体の移動量とPCのデスクトップ上でのマウスポインタの移動量との間における、単純かつ相対的な比率の変更だけとは限らないことを覚えておいてほしい。つまり、単純に一つの解像度での挙動だけで判断していると、自分とそのマウスのベストマッチングな解像度設定を見落とす可能性がある。
●最適光量の取得とS/N比
また、同じセンサー、同じハードウェア実装条件でも、被写体となる床面に対して照射される光量が異なければ明部と暗部のメリハリ、つまりS/N比に差が出て判定結果が相違することになる。夜間にフラッシュを焚かずに撮った写真が露出アンダーで真っ暗になってしまい、何が何だか良く判らないのと同様、床面に照射される光量が不十分であればセンサーが間違い探しで一致点を検出する際に、前回の画像と次回の画像でどこが一致するかを判定できないからだ。そうなれば、ポインタが明後日の方にいってしまう確率が高くなるのは自明のことだろう。
昨今の光学系非接触読み取りマウスでは光源に赤外線(厳密には近赤外線)レーザーを使用するものが多いが、これもこのS/N比の引き上げと関係がある。
波長の短い可視光線帯域ではなく近赤外線のレンジの周波数の光源が用いられるのは、可視光線と比較して波長が長い分だけ散乱や反射時の乱反射によるロスが少なく、より少ない光量で同等のS/N比を確保できる、つまり消費電力を節約しつつ同一の効果が得られるためである。
また、レーザー、つまりLight Amplification by Stimulated Emission of Radiation(輻射の誘導放出による光増幅)方式による発光ダイオードを光源に用いるメリットは、その最大の特徴である指向性および収束性の高さと、発光周期の短いパルス発振特性を備えている点にある。指向性と収束性の高さの重要性については言うまでもあるまい。必要な場所「だけ」に絞って光を照射し、正しくセンサーの方向へ反射させることができれば、S/N比が容易に引き上げられるのは道理である。この場合、散乱光の乱反射による画像の誤判定を減らせるという副次的だが重要なメリットも得られることになる。更に、パルス発振周期をスキャンレートに同期させれば光源の消費電力を大きく節減することが可能になる。言い換えれば、同じ消費電力でも瞬間的な消費電力を大きくしてセンサーのS/N比を引き上げられるようになるのだ。
光学/レーザーマウス対応マウスパッドで盤面の反射率がことのほか重視されるのは、まさにこのS/N比の確保に関係がある。マウスの光源から照射される特定の波長の光線を、ロス無く正しくセンサーへ送り込めれば、それだけマウスが移動量を誤判定する可能性が引き下げられるからだ。
かつて、黎明期の光学式マウスが特定の規則に則った微細なドットマトリクスパターンを印刷された高反射率の金属板を「専用マウスパッド」として添付せざるを得なかった注釈3のは、正にこのS/N比確保を、微弱な出力の光源と、感度の低いセンサー、加えて低レベルな処理能力しか備えないプロセッサ、という三重苦の中で実現するための工夫であった。
さて、露出アンダーが駄目ならば、当然露出オーバーもマウスのセンサーでは駄目、という話になる。
光源の出力が低ければ即発生する露出アンダーと異なり、余程強力な光源を搭載し、かつ反射率の高いマウスパッドを使用しなければまず発生しない現象であるが、マウスパッドを設計する上ではこれも忘れてはならない。
適切な出力の光源に、適切な反射率と表面形状を備えるマウスパッドを組み合わせ、適切な感度のセンサーで読み取る。
言葉にすると「なぁんだ、単純なことじゃないか」、と言われそうだが、実はこの単純かつ簡単なことがなかなかうまく実現できない。
写真を撮るカメラならばシャッタースピード優先AEや絞り優先AEなどと称して光量を機械的に制御して適正光量を得られるように自動制御する手段があるが、マウスの場合はシャッタースピードと絞りの値が定まった状態で、被写体の側の条件を変えることのみで適正光量を得る必要があるからだ。
●あるべきマウスパッドの姿とは
先にも書いたが、市販されている光学・レーザーマウスの種類はあまりに膨大で、その光学的な特性も千差万別である。
とはいえ、マウス各機種にそれぞれ個別に対応するマウスパッドを製品として用意するというのも、対応すべきマウス本体に同梱するのではなければ、限りなく机上の空論に近い暴論である。
だが、幸か不幸か規模がそれほど大きくないゲーム市場であるお陰で、ゲーム用という一括りの中で考える分には、対応すべきマウスの範囲を絞り込むことが可能になる。
市場に出回っている「ゲーム」マウスを比較検討された方にはお気づきかと思うが、世に出回っている「ゲーム」マウスに搭載されているセンサーの種類というのは実はそれほど多くない。また、その解像度もハードウェアレベルで考える限りは一定のレンジに収束している。
それは身も蓋もないことを言ってしまえば、光学・レーザーマウス用センサーが寡占市場で選択肢の幅がそれほど大きくないことが主因なのだが、マウスパッドとの相性問題回避、という観点で考えればこれは大きなメリットである。
極論すれば、これは特性の似通った数種類かのセンサーに適合するようにチューンすれば、それだけで狭いとはいえ現在の市場ニーズの大半に答えられるということを意味する。
さらに言い換えれば、一般市場に時折存在し、ゲームマウスとしての利用適性という観点では統計学的に異常値として切り捨てられるべき「安いが単純に性能が低いマウス」注釈4への対応を考慮せずとも済むということである。
そこで、今回はプレイヤーの操作スタイルを考慮して、いわゆる「ハイセンシ」と「ローセンシ」の2つのプレイスタイルを前提に、それぞれ現在一般に市販されているレーザーセンサーに最適化された特性の材質・構造を選んでマウスパッドを製品化することとした。
サイズについては異論があるのを承知で、日本の一般的なデスク(幅1,200mm)上でキーボードと横並びに配置した場合に許容されるほぼ最大値となる、幅400mmとしている。
これだけの面積があれば、「ハイセンシ」タイプのプレイスタイルでは、マウスパッドがディスプレイ上の全面積とほぼ1:1で対応する使い方が可能である。
それに対し、「ローセンシ」タイプのプレイスタイルでは、このサイズでもマウスの移動量に対して充分とは言いがたい部分がある。だが、「ローセンシ」なプレイスタイルそのものが普遍的とは言えない現在の状況では、率直に言ってこれより大型の「ローセンシ」対応マウスパッドの製品化はビジネスとして成立するには困難が予想される。
もっとも、大型のマウスパッドが市場に存在しないために「ローセンシ」タイプのプレイスタイルが一般化しない、というのも一面の真実であり、「ローセンシ」は、プレイスタイルが一般化しないからより大型のマウスパッドが出せない→サイズの大きなマウスパッドが市場に存在しないためにプレイスタイルが一般に普及しない→・・・という鶏卵問題の無限ループ状態に陥っている。
今回の製品は、微力ではあるがそんな厄介な問題を解決するための第一歩である。
果たしてこの製品の発売で日本のゲーム人口における「ローセンシ」「ハイセンシ」双方の勢力図にどのような影響が現れるのかは予測しがたいが、マウスパッド市場、ひいては日本のゲーマーのプレイスタイル一般に何らかの影響を及ぼす、市場に一石を投じるものであることについては確信がある。
願わくは、この製品が貴方の快適なゲームライフの一助となりますように。
ダーマポイント開発チーム
注釈1.ボールマウスの場合、確実かつ正確な操作を実現するためにはマウスパッドは、緻密でなおかつ金属球をラバーでコートしたボールとの間で一定以上の摩擦力が得られる表面構造を備えた材質であることが望ましく、一般にはシリコンやゴム、スポンジなどが多用された。これに対し、非接触の光学系マウスは表面について一定の荒さと不規則性を備え、かつ反射率が高すぎない素材であることが求められる。もっとも、光学マウスに最適化して設計したはずのマウスパッドがボールマウスに好結果をもたらす、という事例も少なくはない。
注釈2.光源の出力差から、センサーで得られる画像データのSN比が異なるため、移動量判定アルゴリズムやセンサーが同一であっても、判定結果が同一となる保証は無い。
注釈3.そもそもこの世代の光学マウスでは、X-Y軸それぞれの検出に波長の異なる光源を使用していたこともあり、その対策を施された専用マウスパッド上以外では動作しないのが当たり前であり、極端な例では同一メーカー製でマウスパッドに全く互換性がないケースさえあった。
注釈4.市場ではその種の製品が往々にして大量に販売されており、性能が悪いが故にマウスパッドで補完しようとするユーザーが多数存在する。そのため、製品を企画開発する側としてはビジネスとしてそれらを無視できず、バランスが破綻し性能が大きく低下することを承知でマウスパッドの特性をそれらのマウスに合わせるように変更することが多々ある。無論、こういったマウスにどの様なマウスパッドを組み合わせたとしても基本性能の絶対的な不足が補えるわけではないのだが、世間では対応を考慮せずとも済むということである。


























